BARおくすり店長日記

BARおくすりの店長が日常思ったことを書きます。

2014年の邦画No.1「紙の月」を見た

 

吉田大八監督の「紙の月」を見た。

ネタバレに配慮しながら感想を書くという器用なことはできないし、見ていない人にとってもわかりやすく感想を書くということもしないので、映画を見た人にむけて感想文を書く、とはじめに断っておく。見ていない人に言いたいのはぜひ見に行ってほしいということに尽きる。人を選ぶ映画かもしれないけど映画好きならきっと選ばれるはずです。以下本文。

 

 

今年ナンバーワンの邦画になるだろうと予感していたが予感は見事的中した。とはいっても今年劇場で見た邦画は5本にも満たないぐらい少ないのであまり当てにはならないけれど。

 

紙の月

渇き。

思い出のマーニー

TOKYO TRIBE

小野寺の弟・小野寺の姉

まほろ駅前狂騒曲

 

良かった順に並べるとこんな感じになる。あきらかにダメだったのは「まほろ駅前狂騒曲」ぐらいであとは軒並み良作だった。「小野寺の弟・小野寺の姉」も微妙かな。

ただ全体的に小粒なのは否めない。テレビドラマ系の映画は嫌いなんだけど、それ系統じゃない映画がぜんぶミニシアター的な雰囲気で、このまま二極化していくと見ていても苦しいものがある。閉塞感というか。

「青天の霹靂」を見なかったのが今年一番の後悔なんだけど、テレビドラマ系ではない娯楽映画がもっと見たい。「渇き。」も「TOKYO TRIBE」もテレビドラマ系でもミニシアターでもないから良いはずなんだけど、なんか既視感があるし、フレッシュが足りない。はじめからゴールしちゃってる感じというか。はっきり言って「告白」「地獄でなぜ悪い」がすべてにおいて上回っている。そこと比べちゃうとどうしてもミニマル感。「思い出のマーニー」は新しくてフレッシュなんだけど再鑑賞にたえるほどの完成度は持てなかった。ジブリじゃなければ余裕で合格点でもジブリ映画となると及第点一歩手前という難しさはあるにしても、何回見てもいいものだと思いたいというのは譲れない。

 

「紙の月」が一番いいのは苦闘している感が出ているところだ。開き直りがないし潔くない、見ていてジリジリさせられる。対象をつきはなして撮るのが吉田大八フィルムの特徴だったはずなのに今作ではそれが完遂されていない。でもそこが、そここそがフレッシュだと思う。たとえば「桐島、部活やめるってよ」ではオープンエンド的に幕が下ろされた。でも今作は閉じた幕引きだった。異国のシーンでいかにも吉田監督というようなカメラ位置でのラストカット。一見オープンエンドのようで、あの現実感の無さはあれが夢であることを示している。あのシーンが白い暗転で区切られていることからも明らかだ。原作ではどうか知らないけど、少なくともあの映画の世界、90年代も半ばで、梨花が逃げ切れるとは思えない。現実のラストカットはあの走るシーンだ。カメラは梨花と並走している。あのシーンで終わればもっと潔い映画になっていたと思う。スッキリ見終われたと思う。でもそうしなかったところに吉田大八の面目躍如がある。正直、ありきたりさが目につくだけにバタついてるように感じさせるラストシーンだった。それでもあれはなくてはならないシーンだったと思う。

「紙の月」では吉田大八監督は各所へボールを投げている。気がつくところでは、脚本も共同脚本ではなく別の人に任せているし、隅との対決シーンでは女優二人に多くを委ねている。自分ひとりのコントロールを越えたものに賭けているのがわかる。そこが前作と一番ちがうところだと思う。結果、観客が目にするのはよくわからない軌道を描くよくわからないボールということになる。「桐島」では一気に4つ投げるからお好きなボールをキャッチしてくれというスタンスだったのが、「紙の月」ではこのわけのわからんボールを見てくれというスタンスに一変している。

映画を見るときに、相手の投げてきたボールをキャッチできたというところに嬉しさがあるとすれば、これはその喜びを無視するスタンスということになるだろうか。いや、ならない、むしろ尊重するスタンスだということになる。なんとなればわけのわからんボールをキャッチできた時の嬉しさは普通の時に百倍するだろうし、キャッチしてやるぞという意欲こそ映画を見る喜びの過半を占めるからである。

僕がこの映画でわからなかったのはスローモーション映像の多用である。あんなにスローモー重ねると吹き出してしまうと思うのだけど、あれは吹き出させたかったのかそうでないのか、気になるところだ。まあ、答えがどうあれもう吹き出してしまってるのでコメディ要素もあると理解している。サスペンスとコメディが奥のほうで混ざり合っている映画が自分は好きなのでそういうことならいいなと思って、そういうふうに見たのだった。

 

人に任せたからこその利点は予測不可能性の他にもある。クライマックスでの小林聡美宮沢りえの掛け合いは素晴らしかった。あのレベルの役者じゃないと成立しないというギリギリの会話を演じるのが役者冥利に尽きるのだとすれば、あのシーンは役者冥利に尽きまくっていたはずで、あの演技を見るためだけに1800円を払っても損はないと思う。

 


『紙の月』予告編 - YouTube