BARおくすり店長日記

BARおくすりの店長が日常思ったことを書きます。

『嫌われる勇気』を読んで

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

嫌われる勇気といういかにもなタイトルの本を読んだ。

僕は心理学というものに信頼を置いていない。どこか胡散臭いと思っている。もしかすると宗教よりも。

アドラー心理学というのは、フロイトユングとは一線を画す、ヨーロッパでは三大心理学の一角として認知されている有名な心理学体系であるという文句が書いてあった。いかにも胡散臭い。

ところが内容はというと、胡散臭いというより素朴な処世術といった趣きで、「効率モード」の内容とメリットについてという感じだった。人間関係において余計なストレスを感じないで済む方法を紹介してくれているんだけど、おそらくそんなものは皆さんご存知だろう、とは思わなかったのか。ただ、ネットのレビューとかを見ると「考え方が変わります」とか何とか書いてあったりして、人間関係に関して真剣な人はやっぱり真剣なんだなと思わさせられた。

僕はもっと真剣にならなくてはいけないと思う方なので(ようするにいい加減)、ある意味肩の力を抜いたような哲人の主張に面白みを感じない。むしろ「どうか肩の力を抜いてください」と言われた時の居心地の悪さのようなものを感じた。すでにこれ以上は抜けないほどだらんだらんに力を抜いているから、丁重な物言いにかえって恐縮してしまう。

だから(?)、青年の側に立ってこの本を読んだ。かなり歳上のおっさんにめちゃくちゃ激怒したりして言葉遣いが荒くなる青年がおもしろかった。もっとやれ、とも思ったけど、毎回青年が自滅するような形で納得していったから、こっちとしてはあまり納得できなかった。青年は両手いっぱいに弱点を抱えて哲人と向かいあっており、途中からは哲人の方ではなく自分(とその弱点)の方を向いてああだこうだ言い始めて、結局、ああ!と深く嘆息したかと思うと「何か」に気づいて終わるという、完全なコントだった。

哲人は哲学の徒とは思えないような言葉が目立った。印象ではあるけれど彼には遊び心が足りないと感じた。「真剣に・人生の嘘・勇気」このあたりのゴリ押しワードで食傷させられた。

Q. 先生はあらゆる競争から自由になっているのですか

A. もちろんです。

Q. それは競争から降りた、つまり負けを認めたということですか?

A. 違います。

ここは結構面白かった。 

しかし「ただ前を向いて歩いていけばいいのです」というのは心底、心底つまらない。心を効率よく保つ方法なんぞ知ってもしょうがない、と僕なんかは思う。

そもそも「シンプルになろう」という呼びかけがソフトバンクの白色みたいでものすごく気色悪い。僕は複雑になりたい。