BARおくすり店長日記

BARおくすりの店長が日常思ったことを書きます。

リルケの向こう側

 

「純粋な詩人」という単純ながらむずかしい言葉を担うことができるのは、ただ一人、リルケだと思う。

リルケは不純なものをしりぞけることをしなかった。彼だけが持っている特別なふるいにかけられて、そういったものは彼の言葉から自然にはなれていった。

 

この世に不純なものはいくらでもある。不純な詩人はいくらでもいる。リルケがそういったものをしりぞけずにいたところをみると、彼はべつの次元に立っていたのかもしれない、と疑ってしまう。リルケはこちらの世界の住人ではなく、あちらの世界の住人ではないのか、彼の純粋さはその故にすぎないのではないかと。色々なものを振り回すものたちをしりぞけずに平気でいられるのは、衝突のおそれが無いからだと思えば合点がいく。

 

こう言われるのを聞いて、はたしてリルケは不本意に思うだろうか。

僕は、リルケは不本意に思うだろうと思う。もちろん確信はないけれど。

 

 

今年見た映画の中でマイ・ベリー・ベストを一作挙げるなら「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」ということになる。一考の余地なく、ナンバーワンのひとつだ。

主人公のルーウィンはしがないフォークシンガー、1960年代のNYで灰色の生活を送っている。そんな彼のさえないながらも移動の多い2週間と、彼と行きずりになった茶トラの猫を、寓話めいたタッチでえがいている。

シリアスマン」という映画で「何をやってもうまくいかない人」を撮ったコーエン兄弟だったが、「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」ではややスケールアップ(?)して「どこかうまくいかない人」を撮っている。

人間を分解して分子よりも素粒子よりも小さい最小単位にすることができれば白黒はっきりすると聞いているが、ルーウィンに限ってはそれでもまだグレーなんじゃないだろうかと思わせるところがある。ルーウィンというのはとにかくずぶずぶの灰色野郎で、どこまで行っても煮え切らない。

通俗的なところがあってしかも迎合せず、空飛ぶような一瞬を持ちながら妥協に終始する。一思いにやめることもしないし、いつまでも続けるという決心もしない。「猫」のことが気になるのに気にせず、そうと言って、いくら気にしないようにしようとしても気になる。つねに同程度の力でもって反対方向に引っ張られているようなもので、そのためルーウィンは宙吊り状態から抜け出せない。彼に決定的なものは何もない。

でも決定的なものが何もないからこその詩がある。歌がある。

 

リルケがそういったものを認めないとは僕にはどうしても思えない。

彼は自分の内側に入っていけという。そこに詩があるという。正しいと思う。

だからといってリルケの向こう側にも詩があることは彼には止められないし、止めようとするはずもない。

そうであるなら、リルケが「純粋な詩人」であると言われることについて、いくばくかの不本意を感じるであろうことを期待してもかまわないということにはならないか。

 リルケはあちら側にいて純粋な詩人と言われたのではなかったと僕は思う。リルケのこちら側は僕たちにとってのこちら側で、リルケの向こう側は僕たちにとっての向こう側にちがいないと思う。

 

向こう側に行きたいと希うことが僕にとってはすでに詩であったりする。

もっと言うと、向こう側をイメージすることがもはや詩なのかもしれない。僕にとっては。

 

 

 


Fare Thee Well (Dink's Song) - Oscar Isaac ...

 

If I had wings like Noah’s dove
I’d fly the river to the one that I love
Fare three well, my honey fare three well
I had a man, who was long and tall
He moved his body like a cannon ball
Fare thee well, my honey, fare thee well
I remember one evening in the pouring rain
And in my heart there was an aching pain
Fare thee well, my honey, fare thee well
Muddy river runs muddy and wild
You can’t give a bloody for my unborn child
Fare thee well, my honey, fare thee well
Just as sure as the birds flying high above
Life ain’t worth living without the one you love
Fare thee well, my honey, fare thee well
Fare thee well, my honey, fare thee well